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10月カレンダー

2019年09月08日 18:39

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10月6日(日)は、午後の部が体験教室の貸切となりますので、申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
午前の部は通常通りでやっております。
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9月焼き上がり!

2019年09月08日 18:38

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偉大な先人達の作品を見たくなったら、棚の奥からひっそりと茶碗を取り出してたまに眺めます!と言いたいところですが、ま、そういうわけにもいかないっすわ…画集を眺めるわけです。
そんな中、何年経っても見飽きないお気に入りの画集が何冊かあります。
そのうちの一つに石黒宗麿(いしぐろむねまろ)という陶芸作家のものがあります。
明治から昭和を代表する陶芸家の一人で、主に東洋古陶磁の技法を研究し、中国宋代の天目釉の技法を現代に再現しようと試みた陶芸家です。日本初の人間国宝に認定された一人でもあります。

人間国宝云々、天目茶碗云々は、正直僕にはあまり興味がないことなのですが…。
石黒先生、他にも多種多彩な焼き物を沢山残しているんですね。それらが何とも気持ちのいいものが多いんです。
「奇抜な現代陶芸」というものでもなければ、ガチガチの「伝統技巧再現」というものでもない。
そのどちらも試みるけど、そのどちらもほどよく「ゆるい」印象を受けます。
例えば、同時期の人間国宝陶芸家の富本憲吉や濱田庄司と比べると「ドヤッ」という感じが少なくて地味です。
しかし、その分よりナチュラルな存在感を放つ作品が多いように思います。
僕はこの人の「やりたいことをやる!作りたいものを作る!おしまい!」というような、ある意味「潔さ」みたいなものにとても魅力を感じるんですよねー。

なになに…
石黒先生について、福島県立美術館長の長谷部満彦氏はこうおしゃってますよ。
「陶家の出でもなく、まったくの素人から作陶の道に入った宗麿はアマチュアの自由さを非常に大切にしていたように思われる。因襲的な陶家の社会におもねることもなく、師もなく弟子もなく、一人自由に学んで陶技をしだいに多彩なものに広げていった。しかも自ら成しとげた成果に安住することを拒む貪欲さで、絶えず如何に表すべきかを自問しながら制作を続け、次々と独自の陶芸世界を築きあげていったのである」と。
なるほどねー。
「好きこそものの上手なれ」から入って気が済んだら次の好きへ。
これは「独学アマチュアスピリット」の鏡ですね。かっこいい!

しかし、独学、独自とはいえですよ…。
石黒先生もですね、もし現代に生きていたら、さすがに、さすがに、陶芸教室ぐらいから手を出したんちゃうかなー。ちゃうかい?

陶音で楽しく陶芸を学ぼー(笑)

9月カレンダー(改正版)

2019年08月22日 12:28

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日程一部変更です。
9月1日は、午後の部が体験教室の貸切となりますので、申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
午前の部は通常通りでやっております。

8月焼き上がり!

2019年08月04日 19:00

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「ジャコメッティーよかったけど、ちと物足りんわ。もう少し数を…」
美術館を出る。

「ゆら~ゆら~のこされ~♪」
川の水面の揺らめきからのハミング。

「おお、映え子!」
珍しい花の写真を撮る。ちなみにインスタに上げる予定はない。

「あの映画どこか腑に落ちん。もう少しフワリでいいのに。けど魅力ありやな。☆4」
一人映画レビュー。

「あの時ああすれば…なんて思ってどうするどうなる」
タラレバ行進曲で街を歩く日。

「あそこにあの色を持ってきたら、もしやもしや!いや。ちと違うか…」
脳内陶芸の時間。

「10のうち3やな。いや4かな。いや、10のうち3スゴイいいのがいい!」
我流美学の時間。

こんな感じで街をブラブラ歩いたりします。
一人は一人で非常に忙しいんです。
人は好きです。でも孤独な時間も好きです。
いや、僕には必要なのです。昔から。

「自己とは自分にとって最良の友人である」
と、古代ギリシアの哲学者アリストテレス先生もおっしゃってられますよってに。

では、これから散歩です。


7月焼き上がり!

2019年07月13日 21:42

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先日ですね。会員さんと美味しいものの話で盛り上がったんです。
「牛肉って良くも悪くも、問答無用で直接脳に旨味がくる」
「『パクッ。うまいっ!』みたいに、旨味が暴力的過ぎる。」(結局のところ旨いのだけれど)
「だから私は今、うまい魚料理に逆に出会いたい。こちらから少し迎えに行くような優しい旨味に…」
これ言った人。名言やわ(笑)
こんな他愛もない話でなかなかに盛り上がりました。

僕がとてもリスペクトする陶芸作家の一人に「河井寛次郎」という陶芸作家がいます。
明治から昭和にかけて活躍した民芸の陶芸作家の一人です。
河井寛次郎の作る作品は、一見アクが強いのに嫌味がない。そして無骨なフォルムは力強く、いつまでも熱量を失いません。
ヘンテコなフォルムなのに「奇をてらった感じ」を感じないんです。
確かなことはわかりませんが、「素直に純粋に作りたい形を作ったに違いない!」と僕は予測します。
あふれるナチュラルパワーですかね。
出会った当初、実はその強さが苦手でした。僕には少々暑苦しく感じた。

ロック音楽好きなんです。
でも、誰でもどれでも好きな訳ではないんです。
たとえば、「全身刺青だらけ、上半身裸」のような出で立ちのロッケンローラーな方々。僕は元々全然好みではないんです。
ところがですね…。
稀に音がファッションを超えて来よるんですよ!
年齢性別超えて来よるんですよ!
直接脳みそ揺らして来よるんですよ!
それは、歌がうまいとか、演奏がうまいとか、そういった次元のことではないんです。
たぶん、感性、感覚の問題なのだと思います。
そんな牛肉野郎に出会ったら、元々好みでなかった全身刺青の方々もですね「かっこいい!」と思えてくるんですから、あら不思議!

僕はですね。知らず知らずに自分で作っている垣根を超えてきてくれるようなモノや人に出会う感覚が大好きなんです。
そういうものにアートを感じるんです。ロックを感じるんです。
「本当にいいものは垣根を超える力を持っている!」僕はそう思います。
ということで、この夏サマソニ行かせてもらいますっ!





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